めくるめく過ぎて行く、記憶。
いろいろなものが混ざり合い、溶けて、離れて、流れていく。
その流れがふと、止まった。
此処は…街。何処かで見たことがあるような気もする。
目の前には、誰かが倒れている。僕は、その人を見下ろしている。
誰だろう? あの人だろうか。
その姿は霧がかかっているみたいに、霞んで見えた。
何故か紅い、霞だった。
これから……どうするんだ?
「彼」が言った。声もよく分からない。
けれど僕は、震える声でそれに答えた。
生きたい。
それを聞いた「彼」が微笑んだ。今にも消えてしまいそうな笑みだ。
それでいい。
どんなに辛くとも…死んでは、いけない。
どうして……?
僕は訊ねる。
君の命は、君だけのものじゃ…ないんだ。
…君が死んでしまったら、君を愛する人達が、悲しむ、だろう。
……そんなワケない。
僕は声を荒げた。
そんなワケないです。僕は誰かに愛されてなんていない。
愛されていたら、あんな事には…。
体が、震える。
……でも、いつかきっと、君を…思う人が現れるよ。
それも…沢山、ね。
「彼」が優しく言ったけれど、僕はさらに声を張り上げた。
貴方は僕を護ってくれると言った。
貴方以外に、誰が、そんな事を言うというのですか。
彼はそれには答えなかった。否、答えられなかったのか。
聴き取れない程小さく、ごめん。と呟かれた、気がした。
最後まで一緒にいられなくて、
……それが、最後。
また。
また、うしなった。
二度と動くことの無い「彼」の身体にしがみ付いて。
ただ僕を映すだけの瞳を見つめて。呻いた。
堪え切れずに零した涙が、紅に落ちた。
そうして今更に、霞の正体を知る。
ああ。
痛い。痛い。
もう痛いのは嫌だ。
だから。
暖かさを失ってゆく亡骸に言った。
大切な人なんてもういらない。誰かを大切だって思うこともしない。
二度と、大切な人に、…………。
目が覚めた。夜明けの頃だった。
僕はしばらく横になっていた。
何だか、動けなくて。
昔の事を、夢に見た気がして。
大切な記憶だった気がして、でも思い出せなくて。
だって、あの人は死んでいない。いなかった。筈なのに。
傷痕が疼いた。
でもそれは、背の傷痕?
それとも。
鳥の啼き声が聞こえた。
ああ、もう朝だ。
もうそろそろ起きないと。
無意識の内に手を彷徨わせ、温もりを探す己に苦笑しつつ。
一つ伸びをすれば、心地よさが広がって。
同時にまた眠りたくなったけれど。
やっぱり、起きないと。
勢いよく立ち上がって、窓から外を覗いて。
爽やかな気分で、朝食の支度を始めた。
その時にはもう、全て忘れてしまっていたから。
何も。考えたりなんかしなかった。